新幹線「のぞみ」のプロテクターやサーモスイッチ、カーエアコンのスイッチのほか、都市ガスのマイコンメーターやガスストーブ・石油ファンヒーターに装備されている感震器など、「安全」をキーワードにしたさまざまなセンサーを製造している生方製作所が、これまでにないまったく新しいセンサーの開発に乗り出したきっかけは、あるハードディスクメーカーからのメールだった。
そのメールの内容は、
「パソコンを誤って落としたとき、ハードディスクに記憶されているデータを守る技術を探している。できないだろうか」
というものだった。機器や人の安全を守る技術を追求してきた同社にとって、情報の安全を守る技術の開発は、これまで経験したことのない分野だった。
しかし、同社CSセンターの武田照之さんは
「蓄積した技術を使えば、なんとかなる」
と直感的に感じた。
落下したときにデータを守るには、パソコンが地面に接する前にスイッチが入り、データを保護しなければならない。落下という状態の変化を瞬時に判断するセンサーの開発において、キーワードとなったのは無重力だった。物体が落下した際には、無重力という状態になる。つまり、落下した瞬間、パソコンは無重力状態となるため、その地面に接するまでのコンマ何秒というわずかな時間の無重力状態を感知するセンサーがあればいい。
最初に開発陣が提案したのは、水銀を使う方法だった。水銀は常温で液体という特殊な金属である。液体の水銀は、普通の状態では重力によって球を上下に押しつぶしたような形をしている。しかし、無重力状態になると、それがまん丸の形に変化する。この形の変化を利用して試作品のセンサーをつくってみると、見事に作動した。本来ならこれで一件落着となるところだったが、ハードディスクメーカーから、環境対応の面から水銀を使うことができないという回答が返ってきた。
そのため、開発陣は、再び新しい無重力センサーの原理を探す必要に迫られることとなった。一人二人で考えていても、なかなかアイデアが浮かばないため、全社的に募集してみると、30件近くのアイデアが集まった。液体式、バネ-錘方式、超撥水方式、微小バネ方式など、考え抜かれたアイデアばかりだったが、なかでもユニークだったのが超撥水方式である。
「葉っぱの上に水滴を落とすと丸くなりますね。落下させても球状になる。この水に導電性を持たせれば無重力が感知できるんじゃないかという発想でした」
と武田さん。アイデアは素晴らしかったが、耐久性の問題と、少しでも水に不純物が入ると丸くならないため、この方法は断念せざるをえなかった。
最終的に採用したアイデアは武田さんが提案したもので、それは、かつて武田さんが開発に関わった鋼球式の感震器の原理を応用したものである。
同社がすでに商品化していたその感震器は、直径12ミリ程度の円柱の中に、小さな鉄の球が入っており、その鉄球が地震のヨコ揺れに反応して移動することによってスイッチが入るというセンサーだった。この感震器をヨコにして使えば、落下に反応するはずである。原理は非常に単純だった。
「身近なところにヒントがあったわけですが、それに気づくのは簡単ではなかった」と武田さん。
とにもかくにも、原理はこれでメドがついた。しかし、もう一つの難題があった。「高さを5ミリにしないと、ハードディスクに組み込むことができない」というのがハードディスクメーカーの要望だったからだ。
感震器は12ミリだから、高さを半分以下にする必要がある。
「直径12ミリを5ミリにすると、容積としては9分の1くらいになる。それを考えると、かなりきわどい設計にしないと成り立たないということがわかった」
と武田さんは振り返る。そのため、中に組み込む鉄球のサイズを下げ、外形もスポット溶接ではなくレーザー溶接を採用することで、なんとか5ミリを達成することができた。
しかし、その試作品に対して、ハードディスクメーカーの反応は「5ミリでもスペース的に苦しい」というものだった。タテの落下だけでなく、あらゆる方向の変化に反応するためにはセンサーを3個つける必要がある。それにはもっと小さなセンサーでないとダメだというのが理由だった。
これを受けて、武田さんをはじめとした開発陣は、設計や材質の根本的な見直し作業に入った。
中に組み込む硬球は、5ミリなら鉄製でよかったが、3ミリレベルになると軽すぎた。ちょっとした振動でも反応してしまうため、球を別の素材にする必要があった。鉄の代わりの素材を探しては試し、探しては試しの繰り返しを続けるなかで、ようやくたどり着いたのがタングステンだった。
また、センサー内部の両側に絶縁部分を設けなければならなかったが、その絶縁体にも新しい素材が必要だった。センサーは納入後にハンダ付けされるが、その際の温度は250度にもなるため、従来の絶縁体では高温に耐えられないからだ。
さらに、耐熱性のほかに、もう一つの大きな問題があった。
それは、絶縁体を取り付けるスペースを、いかに確保するかである。
「狭いスペースで両側ともに絶縁体をはめ込む余地はとてもありませんでした。悩んだ結果、考え出したのが片側には絶縁体をコンマ1ミリレベルで塗るという方法でした」と武田さん。
絶縁体を付けるのではなく塗るという発想の転換が問題解決の決め手となったわけだ。ただ、塗るためには、耐熱性とともに、接着性がある必要がある。さらに、熱でガスが発生するようなものであってはいけない。素材を塗ってはオーブンで焼いて結果を見るという実験の繰り返しで、ひとつの絶縁体を特定した。
硬球が触れるプレートコンタクトの先端の設計も難題だった。小型化によって、プレートコンタクトと金属容器が触れる接触面積を小さくして、単位面積当たりの接点圧を上げる必要があった。さらに、耐摩耗性の向上が求められた。従来は、1万回レベルで耐えられればよかったが、ハードディスク用の場合は、1億回に耐えなければならないからだ。つまり、従来の1万倍の耐久性を持たせようとしたのである。
まず、接点部分を電子顕微鏡で観測し、それに基づいて設計を変更、試作、実験を行った。接触面積を小さくしつつ、摩耗性を高めるために導き出されたのは、ほんのちょっとしたアイデアだった。それはプレートコンタクトの先端を少し曲げるというものだった。
「プレートコンタクトは15ミクロンと非常に薄い。そういうぺらぺらの薄いものを曲げることは、実は難しい。ある角度で曲げても、バネのようなものだからすぐに元に戻ってしまう。そこで、どうやったかというと、枠を付けて、そこに押し込んでやったわけです。それで、かなりしっかり曲げることができた」と武田さん。
こうして、3.5ミリサイズのサンプルができあがった。それは最初のメールから1年ほど経ったときだった。
しかし、まだ量産という問題が残っていた。無重力センサーの装着に積極的なメーカーもあれば、そうでないところもある。無重力センサーの需要がどれだけあるのかわからない時点で、何十万個レベルの量産体制を導入するのはリスクが大きすぎた。大型の投資をせずに、状況にフレキシブルに対応できる体制はないか。そこで、考え出されたのが、従来のように自動化設備をずらりと並べて大量につくるのではなく、ひとつの屋台ごとに組み付け・検査を行う方法だった。この方法の最大の利点は、注文量の変動に柔軟に対応できる点にあった。
情報の安全を守る技術の開発は、こうして世界初の無重力センサーとして形となった。「こんなに小さいのに性能に優れ、構造は単純。その構造を説明すると、みなさん驚かれます」と武田さんが説明するように、この直径3.5ミリの小さな機械的な部品に、センサーとしての機能が備わっていることは驚愕に値する。単純な構造とセンサーとしての機能が両立している不思議を感ぜずにはいられない。
ただ、残念なことに、この無重力センサーは、申し出のあったハードディスクメーカーの採用が見送られてしまった。性能的な問題ではなく、さまざまな事情が絡み合っての結果だったようだ。
しかし、無重力センサーの可能性は大きいことを、武田さんたちは実感していた。ノートパソコンやPDA(携帯情報端末)、携帯電話など、モバイル化が急速に進むなかで、内部のデータを守るセンサーの役割が高まることは確実だからだ。今後は携帯電話にもハードディスクが装備される可能性もある。
「私たちが開発するまで、無重力を検出して働くセンサーは世の中にありませんでした。その発想の提示した役割は大きいと思う。現在、ほとんどのノートパソコンに落下から情報を守るセンサーは取り付けられておりませんが、今後はそういった需要は増えてくるはずです」と武田さんは分析する。
こうした予測のもとに、現在、生方製作所は、さらに小型の無重力センサーの開発を進めている。
それは、なんと直径1.5ミリで、これまでとは全く異なる構造を持ったものだという。生方製作所の新たな挑戦は、今も続いている。