ニデックは、昭和46年に開発・製造など各方面のスペシャリストたちによって創業された。光学技術と電子技術の開発力をもとに人間の目を科学の切り口で探求し続け、現在、主に「医療分野」「眼鏡機器分野」「コーティング分野」という3つの事業を手がけている。
昭和48年に開発した国産初のキセノン光凝固装置は、キセノンガスを封入したキセノン放電ランプによる強い光を目に当てることで網膜剥離などの眼球の疾患を治療する装置である。
眼球の底を覆っている網膜という薄い細胞層はカメラのフィルムに相当するもので、そこに孔が開いて眼球の後壁から剥がれると視覚が失われてしまう。光凝固装置は、強い光で網膜組織の一部を凝固させて、それ以上傷が広がらないようにするもの。網膜組織の凝固させられた部分はだめになってしまうため、凝固する部分をできるだけ小さな点にとどめることが、この装置の重要な点である。
その後、昭和52年には、キセノンランプのかわりにレーザーを使った光凝固装置を国内で初めて開発した。レーザはキセノンランプよりも損傷のリスクを軽減できることが最大の利点だった。
レーザーとは、アインシュタインの研究成果である「誘電放出」という現象をもとに新たに発明された光である。波長が単一で、ほとんど広がらず真っすぐに進むという性質があるレーザー光は、現在、各種の計測やディスプレイをはじめとしてさまざまな分野に応用されているが、当時はまだ眼科医療への利用が始まったばかりの時期だった。ニデックは、そのレーザーをいち早く導入したのである。
「私たちにとってまったく未知のレーザー技術でしたが、将来のレーザーの可能性が大きいことは明らかでした。レーザーを応用した製品を開発すれば、必ず売れるという確信があったからこそ、暗中模索しながらでも研究開発を続けられのだと思います」と、医療事業部の太田康夫さんは当時を振り返る。
そして、この光凝固装置によって蓄積したレーザーに関する知識や経験が、次なる製品へと活かされることになる。そのひとつが、視力を回復する手術に使われる装置の開発である。
眼科医療へのレーザーの応用の中で最も注目される発展のひとつが、紫外線エキシマレーザーによる角膜屈折矯正である。
近視とは、カメラのフィルムに相当する網膜の手前で焦点が合ってしまう眼の状態をいう。
一般的には、眼鏡やコンタクトレンズを用いて、網膜上で焦点が合うように視力を矯正しているが、それをエキシマレーザーによって角膜(黒目)を削って形状を変化させることで屈折異常を治すのが、PRKやLASIK(レーシック)と呼ばれる光学的角膜屈折矯正手術である。つまり、視力を左右する角膜を削ることによって、眼鏡と同じ効果をもたらすわけだ。近視の場合は大きな曲率のレンズをつくれば良いから、角膜の真ん中部分を削る。
また、遠視の場合は小さな曲率のレンズをつくれば良いから、角膜周辺部を削る。原理的には、眼鏡のレンズによる屈折矯正とまったく同じである。
エキシマレーザーは熱変性(やけど)をほとんど起こすことなしに、正確に生体組織の切開や切除ができるという特徴をもった特殊な高エネルギーのレーザーで、とくに視力矯正に使用される波長が193ナノメートル(nm)のエキシマレーザーは、他の波長と比較して隣接する組織への影響がないという利点がある。
1980年前後に、角膜上皮がエキシマレーザーの波長193ナノメートルの光に対して非常に敏感であることがアメリカで発見され、しかも、非常に高精度で、実質的な熱ダメージなしで生体組織を切除できることがわかった。その結果、視力矯正用の装置への利用が急速に進んだ。
ニデックは、すでに昭和61年(1986年)に、このエキシマレーザーを利用した装置の開発に着手している。当初は、角膜組織に放射線状の切り込みを入れるRK手術への応用をめざしていたが、将来的に主流となる手術方法はPRKやLASIKと判断して方向を転換。この時点で、PRKやLASIK向けのエキシマレーザー装置を開発している企業が数社あった。この装置の最も重要なポイントは、角膜をいかになめらかな面で削ることができるかにある。
同社の小澤秀雄社長は、開発陣に対して「世界で一番きれいな削り面をつくれ」と檄を飛ばした。
「エキシマレーザーを照射するのは、角膜上の6~7ミリの範囲です。当時、レーザーを一発当ててその範囲を一度に削ってしまうか、小さなレーザービームを重ねて面を削るかの2通りがあった。しかし、われわれが開発した装置は、そのどちらの方法でもありません」と医療事業部・開発チームの藪崎晃さん。
ニデックが採用した方法は、長方形のエキシマレーザービームをスキャンさせることで角膜を削る方法だった。
「壁にスプレーで色を塗るとき、スプレーのノズルの形状が点なら、なめらかな面にするのは難しいし、時間もかかる。しかし、ノズルの形状を細い長方形にして、移動させながらスプレーすれば、短時間になめらかな面が得られる。
それと同じ理屈です」
と医療事業部の藤実さんは解説する。
この方法のコンセプトは、3方向でスキャンするというものだったが、当初、3つのレーザービームを120度ごとに回転させてみると、実際にはその角度にわずかな誤差が発生していた。
そのため、それを修正して完全な120度に回転方向をずらしたところ、切除面に規則的模様ができてしまった。原因を探ると、当初の設計誤差が偶然にも良い結果を生んでいたことがわかり、改めて最適な面になるようにシフト量を求めた。
その結果、削った面を電子顕微鏡で確認してみると、予想をはるかに超えるなめらかな面ができあがっていた。「それを見たときにはやはり感動しました」と医療事業部・開発チームの天野正典さん。この方法を発見したことで、エキシマレーザーを利用した角膜屈折矯正装置の開発は、大きく前進した。
その後も、精密な加工や調整が求められる開発には多くの問題があったが、これまで蓄積した光学技術をもとに克服し、平成4年には第1号機が完成。他社と比較して、抜群になめらかな切削面を誇るニデックの装置は、国内のみならず世界各国の医療機関で高い評価を得て、現在ではトップのシェアを占めるまでになった。
さらに最近では、近視、近視性乱視、遠視、遠視性乱視などの各個人の眼の状態を正確に読み取り、最適に見えるように角膜をカスタマイズすることも可能になってきた。
「要するに視力を矯正するだけでなく、〈見え方〉にこだわり、その質を上げようとしている」と天野さん。
眼鏡をかけるような感覚で、誰もが気軽に視力矯正手術を行うようになる日も、そう遠い将来ではないかもしれない。
実際、手術という面からだけ見ると、衰えた視力を回復することは、もはや特別なことではなくなりつつある。エキシマレーザーを使った処置は数分間で済み、実際にレーザーを照射するのは1分ほど。20~30分もすれば帰宅でき、その時にはもう視力が改善している場合も多いという。
さらに、ニデックでは、視力回復の先の画期的な研究が進みつつある。それは、見えないものを見えるようにするという夢のようなシステム──。つまり、視力を失った人に対して、網膜を電気刺激して視覚を再建する人工臓器「人工視覚システム」の開発である。はたして、そんなことが可能なのか。
これはニデックと大阪大学、九州大学、奈良先端科学技術大学院大学などの大学が共同で進めている国家プロジェクトで、平成17年度には、動物実験のレベルだが、ひとつの成果が生まれる。といっても、いきなりカラーの鮮明画像が見えるようなるわけではない。
目の前の指の数がぼんやりと白黒画像で見える程度らしいが、それでも目の見えない人にとって生活の質を確実に向上することにつながる。人工視覚の開発が創業当初からの大きな夢だったニデックにとって、夢の実現への第一歩が踏み出されたことはまちがいない。
過去にものが見えていて、網膜色素変性などによって失明した場合は、網膜神経節細胞以降の神経系には一般的に異常がない。そのため、網膜に電気刺激を与えると、その刺激は神経系を通じて脳まで伝わり、光を認識できることが知られている。人工視覚システムはこの原理を利用したもので、眼の外に取り付ける眼外装置と眼内に埋め込まれる眼内装置の2つから成る。
これまでニデックが研究の対象としてきたのは、網膜までだった。しかし、人工視覚はその先のまったく新しい領域である神経、脳にかかわってくる。新たな技術・知識の修得が不可欠である。
「眼内に埋め込む装置は、まず安全性、それから耐久性が求められます。装置をつくる微細加工技術や半導体技術はあるが、それを体内に埋め込む技術は自分たちで確立するしかない。また、電気刺激が強いと細胞は死んでしまうし、弱すぎると反応しない。どのような刺激を与えればいいのかの判断が難しい。それを見つけなければ成功はあり得ません」と研究開発本部長の小澤素生さんは話す。
その一方で、新たな発見もあった。「電気刺激を与えると、脳が死ぬのを妨げることがわかってきた。そうなると、眼内に装置を埋め込まなくても、弱った網膜が改善する可能性がある」。
科学を武器に眼の不思議に迫ってきたニデックの取り組みが、新たな希望に満ちた世界の扉を開こうとしている。