ミニロープと呼ばれる極細のステンレスワイヤロープは、細いものだと髪の毛の数分の1の細さになる。
複写機などのOA機器や自動車などの狭い箇所での動力伝達部分に使われているほか、詰まりかけた血管を治療するための医療器具であるガイドワイヤーなどに用いられている。
普段の生活の中ではなかなかお目にかかることはないが、身近なところではプリンターやスキャナーの中を覗いてみると、ミニロープが駆動装置の一部として重要な役割を果たしているのがわかる。知らず知らずのうちにその恩恵に浴している部品の一つだ。
朝日インテックは、そのミニロープのトップ企業である。
同社の創業は昭和47年だが、会長の宮田尚彦さんがミニロープと出会ったのは、その数年前にさかのぼる。ちょうどテレビが真空管型からトランジスタ型へ移行したことに代表されるように、様々な製品が小型・軽量化へと向かい始めた時代だった。
その当時、大阪府堺市から和歌山県にかけては金属製ワイヤーロープの生産が盛んで、そのうちの一つだった宮田さんの親戚が経営するロープ工場が、電電公社(現NTT)から国産テレタイプ(ファックスが普及する以前の文書通信の主役)第一号に組み込まれる細いワイヤーロープづくりを依頼された。しかし、開発は難航していた。そこで大手電機メーカーの技術者だった宮田さんに開発の協力が依頼されたのである。宮田さんは会社が休みとなる土日に工場へ通い続け、ついに開発に成功した。
このことがきっかけとなり、宮田さんはミニロープの将来性に確信を持ち、昭和47年に朝日インテックの前身である朝日ミニロープ工業所を設立。その後、宮田さんがつくった極細のステンレスワイヤーロープは、小型・軽量化を進めるメーカーのニーズに合致し、需要を伸ばしていくことになる。
ここで、朝日インテックがつくるミニロープとはどういうものか簡単に説明しておこう。
ミニロープの直径はだいたい3ミリ以下で、直径0.013〜0.5ミリの何本かの素線を撚りあわせてつくる。たとえば、343本もの素線を撚りあわせた0.81ミリのワイヤーロープなどがある。素線は、中央にミクロンレベルの穴の開いたダイヤモンドダイスによって製造される。ダイヤモンドでできている穴にステンレス鋼線を通すことでより細く仕上げるわけだ。これを伸線技術という。
最も細い直径0.013ミリの素線は、まさに虫眼鏡で見ないと認識できないほどの細さである。ダイヤモンドダイスの穴の形状の精度を常に保つことが、高精度の素線製造には欠かせないポイントだ。
その細い素線を撚りあわせてワイヤーロープをつくる技術をワイヤーフォーミング技術と呼ぶ。
素線の撚りあわせ方によっていろいろな形に成形することが可能で、多様なミニロープづくりの根幹となる技術である。
そして、もう一つ重要なのが、トルク技術と呼ばれるものだ。
これは、要するにワイヤーロープの手元を回転させると、もう一方の先端もスムーズにその回転に追従するようにつくる技術のことで、とくに細い血管の中を患部まで到達させるガイドワイヤーやカテーテルなどの医療器具では不可欠な技術である。朝日インテックは、独自の加工設備と特殊トルク技術によってワイヤーに理想的な回転追従性を持たせることに成功した。
そのほかに、ワイヤーロープに樹脂のコーティングをする技術がある。
たいていのミニロープメーカーは一部工程を外注に頼り、素線製造から樹脂コーティングまでのすべてを自社で行うところはあまりないが、同社は、これらすべての工程を自社で行っている。
一貫生産することによって、新商品開発期間の短縮や柔軟な生産体制を実現したほか、高精度な加工技術の蓄積がなされ、OA機器発展の時代を迎えると、朝日インテックは工業用のミニロープメーカーとして大きく飛躍した。
ただ、これら工業用に使われるミニロープはあくまで部品であり、品質もさることながら、いかに安くつくるかというコスト競争は不可避だった。そのため、平成元年には日本よりも労働コストの安いタイに工場を建設した。
その頃、宮田さんは「お取引先と競合しないで当社の技術を生かすことができ、しかも今後発展する可能性が高い事業分野」を模索していた。そして発見したのがガイドワイヤーなど心臓疾患の治療器具だった。この医療器具分野への本格的な進出によって、朝日インテックはさらに研究開発型の企業へと大きく舵を切っていくことになる。
心臓の表面を走る血管(冠動脈)が狭くなったり、詰まってしまうと、必要な酸素や栄養が供給できなくなってしまう。これが狭心症や心筋梗塞という疾患である。治療するには、体にメスを入れる心臓バイパス手術のほかに、PTCA(経皮的冠動脈形成術)と呼ばれる方法がある。
PTCAとは、先端に風船のついた直径1ミリ弱の細いチューブ(バルーンカテーテル)を腕や大腿部の動脈から挿入して、狭くなっている冠動脈まで通したところで、先端の風船を膨らませて血管を押し広げる治療法である。肉体的な負担の少ないことが最大のメリットで、なかには手術したその日に退院する患者もいるそうだ。
このPTCAという治療法に用いられる医療器具がガイドワイヤー、カイディングカテーテル、バルーンカテーテルである。PTCAガイドワイヤーは極細のステンレス製ワイヤーロープそのものだった。つまり、それまで工業用ミニロープで培ってきた技術がそのまま応用できる分野だったのである。しかも、当時、国内で使われているそれら医療器具は、すべて外国製のもので、国産品はなかった。朝日インテックにとって、新たに挑戦するにはうってつけの分野だった。
宮田さんが最初に行ったのは、人材の確保だった。化学、樹脂など様々な分野の技術者を新たに採用するとともに、ガイドワイヤーの技術者として業界のカリスマ的な存在だった人材を獲得した。さっそく彼らを中心とする研究開発チームは、国内初となるガイドワイヤーの開発に取り組んだが、工業用の部品メーカーであった同社が、異なる事業分野で初めて製品づくりを手がけることの課題は多かった。
まずひとつは、「部品」であるロープづくりと、「完成品」であるガイドワイヤーづくりの違いである。開発者が医師のところに何度も通い、アドバイスや指摘を受けた後に試作するという工程を繰り返しながら、製品という形に仕上げていかなければならない。こうした開発工程そのものが、同社にとってゼロからの挑戦だった。
さらに難題だったのは、先発のアメリカメーカーの持つ特許が多く、厚い壁として立ちはだかったことだ。しかし、逆に、その壁を乗り越えようと、既存製品のスペックを上回る数々の新技術が誕生した。そのひとつが、プラチナの接合技術である。
ステンレスはX線画像に写らないため、コイル状になったガイドワイヤーの先端にはプラチナが接合されているが、当時その接合技術は他社の特許となっていた。同社は、それまで蓄積したロープメーカーとしての技術を用いて、プラチナとステンレスを溶接した後に伸線して1本の素線にすることで、接合部分を他社製品より滑らかにすることに成功した。
また、ワイヤー加工技術を応用して、ステンレス素材の特性を最大限に活かして高度なトルク性を確保する技術を開発したほか、当時は保有していなかったガイドワイヤー表面への薄膜コーティング技術を自社内で確立し、一貫生産を可能とした。こうした数々の課題をクリアすることで、朝日インテックは一貫生産ができる医療器具メーカーへと生まれ変わっていった。
ワイヤーロープなどの工業製品もガイドワイヤーなどの医療器具も高い精度が求められることに変わりはない。品質面からみると工業用のミニロープは、OA機器などの稼動を保証する製品であり、ガイドワイヤーなどの医療器具は、不良品があると、それは即「人の命」に関わり、取り返しがつかないことになる。ともに厳しい品質保証体制が求められるのは当然である。そのため、当初は、製造の各工程ごとにすべての製品を検査してから出荷していたという。
こうした徹底した品質管理と優れた性能は、次第に医療界に認められていくことになった。現在、同社のガイドワイヤーの国内シェアは45%に達する。アメリカのメーカーとトップを競っており、国内メーカーではダントツの数字である。
日進月歩の医療の世界で認められるためには、常により良いものを開発して、提供していかなくてはならない。医師の最優先事項は患者の負担を軽減することであり、少しでも機能的に優れた医療器具が登場すると即座に切り替えられてしまう可能性が高いからだ。それに加えて、医療器具は特許の塊のようなもので、すでにある特許をかいくぐりながら、新しい製品を開発するという難しさもある。
こうした難題をスピーディに解決して、より良いものを開発するためには、まず第一に医師とのコミニュケーションを密にすることが不可欠だ。朝日インテックでは、可能な限りきめ細かく医師のニーズに応えるために、技術者を現場に派遣して医師とのコミニュケーションを図り、そのニーズを的確に捉えて商品開発へと結びつける努力を続けている。
たとえば、こんなエピソードがある。ある医師から、試作品に対して「ここをこうしてほしい」という意見が出され、1週間後にその改良したサンプルを届けると、「こんなに早く対応するメーカーはほかにない」と驚かれたそうだ。技術者自身が現場に赴き医師と対話するとともに、工場ではワイヤーやワイヤーロープに関するあらゆる技術を蓄積し、すべて自社生産する態勢があるからこそ、素早い対応が可能なのだろう。実際、朝日インテックの開発期間は、ほかのメーカーに比べてかなり短いと評判のようだ。
1本の細いワイヤーロープ。それをさらに細く精度を高めることで、その利用分野はどんどん広がってきた。OA機器の小型・軽量化に貢献し、最先端医療分野では人の命を救う器具となる。
極細ワイヤロープに秘められた可能性がこれほど大きいとは、考えてみると不思議なことだ。しかし、朝日インテックにとって、それは別に不思議なことではなく、むしろ当然という確信があるにちがいない。技術をより深く追究することで、極細ワイヤーロープの未来を明確に見据えている姿がそこにある。